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縄文から弥生のトランジッション

縄文時代のイメージといえば、およそ文化的とはいえない掘っ立て小屋にひげボーボーで暮らしている風景だけど、実際には豊かな文化もあり、また生活も豊かだった。豊かな森に支えられた食糧的にも精神的にも豊かな暮らしがあった。

伊勢神宮は洗練されたそのデザインから、弥生っぽさ満載なんだけれども、実際にはあの柱の存在感といい、柱の果たしている役割といい、それが縄文からの陸続きであることを強く感じさせる。

能と歌舞伎の違いのひとつは、柱にあると思っている。もちろん、成立の過程から言えばそう言い切れないけれど、能舞台の四本の柱があって初めて神事になるのだと思う。相撲にもやはり四本の柱があった。歌舞伎は大衆芸能だ。能にも縄文が色濃く反映している。能にでてくるツチグモの名は、縄文時代の部族の名前でもある。

「古事記」や「日本書紀」には縄文と弥生の相克が描かれている。女系の縄文と男系の弥生の邂逅は、イザナミとイザナギの出会いに表現される。女性であるイザナミが先に声をかけ、結果うまくいかず、男性のイザナギが声を先にかけた。それは、男系文化である弥生への移行を示すのだというのは、上田篤の見立てである。

 

縄文人に学ぶ (新潮新書)

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 その縄文から弥生のトランジッションに、日本人のもつ思想の秘密がある。僕たち日本人は常に、縄文と弥生とを行き来する。福島や沖縄のできごとは、縄文からの異議申立てであり、もう一度、弥生と縄文のバランスが取られるのだろう。

稲作による大量生産の繁栄原理である弥生から、もう一度、森と人間とのあいだにある循環を重視する縄文の論理に戻るのではないか。弥生とは違う「豊かさ」の基準がそこにはある。